受給権を付与された従業員に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する会計処理の具体例(信託が企業の自己株式を取得する場合)
ここでは、受給権を付与された従業員に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する会計処理(信託が企業の自己株式を取得する場合)について、具体例を用いて解説します。
前提条件
- x1年4月に甲社(3月決算会社)は、委託者として、一定の要件を満たした企業の従業員を受益者、A信託銀行を受託者とする信託契約(決算期3月末)に基づき、金銭1,600,000円の他益信託の設定を行いました(当該金銭は、交付される株式の取得、信託の設定および運営の諸費用に用いられる)。甲社は、信託の変更をする権限を有しているものとします。
- 甲社は、株式給付規程を設定します。規程に基づき、従業員は受給権確定時に1ポイント当たり1株の甲社株式を受け取ることができるものとします。
- x1年4月に甲社は、A信託銀行に対し募集株式の発行等の手続による自己株式200株の処分を行い対価を現金で受け取りました。
処分価格(時価)=7,000円/株
帳簿価額=5,000円/株 - x1年9月に甲社は、あらかじめ定めた株式給付規程に基づき、従業員に110ポイントの株式給付に関する権利を割り当てました。なお、このポイントの割当に関する費用はx2年3月期の会計期間全体で負担するものとします。
- A信託銀行は、x1年9月からx2年3月末までに受給権の確定により、従業員に信託から甲社株式80株を交付しました。
- x2年3月31日に甲社の決算において、A信託銀行の財産を甲社の個別財務諸表に計上します。なお、A信託銀行では、当期に諸費用30,000円が発生しています。
- x2年6月に甲社は発行済株式1株当たり100円の配当を支払いました。配当を受け取る権利はx2年3月末で確定し、A信託銀行はx2年3月末時点で保有する株式120株に対して配当を受け取ります。
- x2年9月に甲社は、従業員に90ポイントの株式給付に関する権利を割り当てました。なお、このポイントの割当に関する費用はx3年3月期の会計期間全体で負担するものとします。
- A信託銀行は、x2年4月からx3年3月末までに受給権の確定により、従業員に信託から甲社株式120株を交付しました。
- x3年3月期にA信託銀行において諸費用30,000円が発生しています。
- 信託期間はx3年3月末で終了し、従業員に残余財産の分配が行われました。
会計処理
x1年4月(期首)の甲社の貸借対照表
便宜的にx1年4月(期首)時点の甲社の貸借対照表を以下に示します。なお、関連する勘定科目のみ表示しています。
x1年4月 他益信託の設定時
x1年4月にA信託銀行を受託者とする信託契約に基づき、1,600,000円をA信託銀行に信託します。当該1,600,000円は、交付される株式の取得、信託の設定および運営の諸費用に用いられるため、ここでは信託口勘定を使って処理します。
よって、他益信託の設定時の会計処理は以下のようになります。
x1年4月 甲社からA信託銀行への自己株式の処分時
募集株式の発行等の手続による自己株式の処分は、帳簿価額と処分価額(時価)との差額を自己株式処分差額とし、その他資本剰余金を増減させます(自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準第9項および第10項)。
- 処分する自己株式の処分価額
=7,000円×200株
=1,400,000円 - 自己株式処分差額
=1,400,000円-1,000,000円
=400,000円(自己株式処分差益)
よって、甲社からA信託銀行への自己株式の処分時の会計処理は以下のようになります。
x1年9月 甲社による従業員へのポイント割当時
甲社は、従業員に110ポイントを割り当てているので、当該費用を福利厚生費とするとともに引当金を計上します。
費用および引当金計上額は、A信託銀行における甲社株式取得時の株価を基礎として計算します(従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い第12項)。
なお、従業員は1ポイントにつき1株受け取れるので、110ポイントの割当に対して110株を受け取れます。
- 費用および引当金計上額
=信託における取得時の株価×割り当てる株式数
=7,000円×110株
=770,000円
x1年9月~x2年3月 A信託銀行による甲社株式の交付時
A信託銀行から、従業員に甲社株式80株を交付しています。交付した株式の取得原価は560,000円です。
- 甲社株式80株の取得原価
=7,000円×80株
=560,000円
信託から従業員に株式が交付された場合、ポイントの割当時に計上した引当金を取り崩します(従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い第13項)。なお、株式の交付に伴う引当金の取崩処理は、期末に一括で行うものとします。
x2年3月期の甲社の決算
x2年3月期のA信託銀行の残高試算表
x2年3月31日のA信託銀行の残高試算表は以下の通りです。
なお、x1年4月からx2年3月31日までのA信託銀行の現金及び預金勘定は以下の通りです。
A信託銀行の財産を甲社の個別財務諸表に計上
A信託銀行の残高試算表を甲社の個別財務諸表と合算します。会計処理は以下の通りです。
信託口と信託元本の相殺
信託設定時に信託口とした1,600,000円を信託元本と相殺します。会計処理は以下の通りです。
信託の損益を信託口に振り替え
信託の損益は、従業員に帰属するため、信託口に振り替えます。会計処理は以下の通りです。
甲社株式交付費用の取消し
甲社においてポイントの割当に関する費用計上はすでに行われているので、A信託銀行における甲社株式交付費用560,000円を取り消し、甲社株式に振り戻します。会計処理は以下の通りです。
引当金の取崩し
A信託銀行から従業員に対して株式の交付が行われた部分について引当金の取崩しを行います。
- 引当金取崩額
=7,000円×80株
=560,000円
よって、会計処理は以下のようになります。
甲社株式を自己株式に振り替え
A信託銀行における甲社株式は、甲社において自己株式に振り替えます。振り替えた自己株式は、純資産の部における株主資本の控除項目とします。
会計処理は以下の通りです。
x2年3月期の甲社の財務諸表
x2年3月期の甲社の貸借対照表と損益計算書を示すと以下のようになります。なお、関連する勘定科目のみ表示しています。
x2年6月 甲社の配当金支払時
A信託銀行がx2年3月に保有する株式120株に対して、1株につき100円を支払います。
- A信託銀行への配当
=100円×120株
=12,000円
よって、配当支払時の会計処理は以下のようになります。なお、A信託銀行以外への配当の支払いについては省略しています。
x2年9月 甲社による従業員へのポイント割当時
甲社は、従業員に90ポイントを割り当てているので、当該費用を福利厚生費とするとともに引当金を計上します。
- 費用および引当金計上額
=信託における取得時の株価×割り当てる株式数
=7,000円×90株
=630,000円
x2年4月~x3年3月 A信託銀行による甲社株式の交付時
A信託銀行から、従業員に甲社株式120株を交付しています。交付した株式の取得原価は840,000円です。
- 甲社株式120株の取得原価
=7,000円×120株
=840,000円
信託から従業員に株式が交付された場合、ポイントの割当時に計上した引当金を取り崩します(従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い第13項)。なお、株式の交付に伴う引当金の取崩処理は、期末に一括で行うものとします。
x3年3月期の甲社の決算
x3年3月31日のA信託銀行の残高試算表
x3年3月31日のA信託銀行の残高試算表は以下の通りです。
繰越損益金-590,000円は、前期の諸費用30,000円と甲社株式交付費用560,000円の合計です。
残余財産分配152,000円は、A信託銀行に残った財産(現金及び預金152,000円)であり、従業員に配分されます。なお、x3年3月期のA信託銀行の現金及び預金勘定は以下の通りです。
A信託銀行の財産を甲社の個別財務諸表に計上
前期に計上したA信託銀行の資産および負債を振り戻します。会計処理は以下の通りです。
次にA信託銀行の残高試算表を甲社の個別財務諸表と合算します。会計処理は以下の通りです。
信託口と信託元本の相殺
信託設定時に信託口とした1,600,000円を信託元本と相殺します。会計処理は以下の通りです。
残余財産の分配
信託の損益は、従業員に帰属するため振替を行います。なお、従業員に帰属する財産は、すでにA信託銀行側で分配済みであるため、残余財産の分配と相殺します。
また、A信託銀行への拠出額についても費用処理を行います。なお、ここでは、費用処理額を福利厚生費として処理しています。
貸方の繰越損益金30,000円は、前期のA信託銀行の残高試算表に計上されている繰越損益金-590,000円から前期の甲社株式交付費用560,000円を差し引いた残額です。
甲社株式交付費用の取消し
甲社においてポイントの割当に関する費用計上はすでに行われているので、A信託銀行における甲社株式交付費用を取り消し、甲社株式に振り戻します。会計処理は以下の通りです。
なお、甲社株式交付費用は、前期分が560,000円(繰越損益金に計上)、当期分が840,000円です。
引当金の取崩し
A信託銀行から従業員に対して株式の交付が行われた部分について引当金の取崩しを行います。
- 引当金取崩額
=前期末引当金残高+当期引当金計上額
=210,000円+630,000円
=840,000円
よって、会計処理は以下のようになります。
また、前期の甲社株式の交付560,000円を当期における前期の決算処理の振り戻しによりいったん取り消していますが、すでに確定しているものであるため、再度計上します。会計処理は以下の通りです。
x3年3月期の甲社の財務諸表
x3年3月期の甲社の貸借対照表と損益計算書を示すと以下のようになります。なお、関連する勘定科目のみ表示しています。