会計方針の変更により遡及適用を行う場合の具体例
ここでは、会計方針の変更により遡及適用を行う場合について具体例を用いて解説します。
前提条件
- 甲社は、当事業年度(x4年3月期)より、通常の販売目的で保有する棚卸資産(商品及び製品)の評価方法を総平均法から先入先出法に変更しました。なお、当該会計方針の変更は、近年の主要原材料の急激な価格変動の影響を期間損益計算と在庫評価に適正に反映させるものであり、正当な理由が認められます。
- 先入先出法を過去の事業年度から遡及適用すること(原則的な取扱い)は可能です。
- 収益性の低下に基づく簿価切下げは考慮しません。
- 発行済株式総数は10,000株です。この他に潜在株式が100株あり、前事業年度末時点において希薄化しています。
- 甲社の決算日は3月31日です。
- 法定実効税率は30%とします。
- 前事業年度(x3年3月期)の棚卸資産を総平均法から先入先出法に変更した場合の影響額は以下の通りです。
- 前事業年度(x3年3月期)の貸借対照表(抜粋)は以下の通りです。
- 前事業年度(x3年3月期)の損益計算書(抜粋)は以下の通りです。
- 前事業年度(x3年3月期)の株主資本等変動計算書(抜粋)は以下の通りです。
- 前事業年度(x3年3月期)のキャッシュ・フロー計算書(抜粋)は以下の通りです。
商品及び製品は前事業年度より400千円増加しています。したがって、キャッシュ・フローは減少する方向に影響を与えることから、キャッシュ・フロー計算書上の棚卸資産の増減額は-400千円になります。 - 前事業年度(x3年3月期)の1株当たり情報の注記(抜粋)は以下の通りです。
潜在株式調整後1株当たり当期純利益
=280千円/(10,000株+100株)
=27円72銭
当期(x4年4月期)における開示
棚卸資産の評価方法を総平均法から先入先出法に変更しています。当該変更が、正当な理由による会計方針の変更であれば、変更後の先入先出法を過去の期間のすべてに遡及適用し、過年度の財務諸表を修正しなければなりません(会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準第6項(2))。
本事例では、会計方針の変更に正当な理由が認められ、遡及適用が可能であることから、前事業年度(x3年3月期)の開示内容を修正します。
貸借対照表
商品及び製品
x3年3月期の商品及び製品の期末残高を500千円から650千円に修正します。
繰延税金資産
商品及び製品のx3年3月期の期末残高が、500千円から650千円に修正したことから、150千円増加しています。
当該増加額150千円について法定実効税率30%を乗じて税金費用を修正し、繰延税金資産を45千円減額します。
- 繰延税金資産の修正額
=(500千円-650千円)×30%
=-45千円
したがって、x3年3月期の繰延税金資産の計上額は655千円になります。
- 修正後の繰延税金資産
=700千円-45千円
=655千円
利益剰余金
商品及び製品の増加額が150千円、繰延税金資産の減少額が45千円なので、差額105千円が純資産の増加額になります。
当該増加額105千円は、利益剰余金に影響するので、x3年3月期の利益剰余金を修正します
- 修正後の利益剰余金
=880千円+105千円
=985千円
当期の貸借対照表
以上の修正を行った後の当期の貸借対照表は以下のようになります。
損益計算書
売上原価
総平均法から先入先出法に変更したことで、x3年3月期の商品及び製品の払出高を9,600千円から9,500千円に修正したので、x3年3月期の売上原価も9,600千円から9,500千円に修正します。
税引前当期純利益
売上原価を修正したことで、x3年3月期の税引前当期純利益が100千円増加するので、400千円から500千円に修正します。
法人税等調整額
x3年3月期の税引前当期純利益が100千円増加したことから、当該増加額に法定実効税率30%を乗じた30千円だけ税金費用が増加します。
よって、法人税等調整額を30千円増額します。
- 法人税等調整額の修正額
=100千円×30%
=30千円
したがって、修正後の法人税等調整額は以下の計算より30千円になります。
- 修正後の法人税等調整額
=0千円+30千円
=30千円
当期純利益
x3年3月期の当期純利益は、売上原価の減少額100千円だけ増加し、法人税等調整額の増加額30千円だけ減少するので、修正後の当期純利益は350千円になります。
- 修正後の当期純利益
=280千円+100千円-30千円
=350千円
当期の損益計算書
以上の修正を行った後の当期の損益計算書は以下のようになります。
株主資本等変動計算書
前事業年度の会計方針の変更による累積的影響額
前事業年度(x3年3月期)の株主資本等変動計算書の利益剰余金の期首残高は600千円です。
しかし、商品及び製品について総平均法から先入先出法に変更した影響をx2年3月期にも遡及適用すると、x2年3月期末の商品及び製品を100千円から150千円に修正する必要があり、その影響がx2年3月期の利益剰余金にも及びます。
x2年3月期末の商品及び製品を100千円から150千円に修正すると、x2年3月期の払出高が50千円減少するので、その分だけ税引前当期純利益が増加します。
また、税引前当期純利益が50千円増加すると、税金費用も修正する必要があります。したがって、x2年3月期の当期純利益の修正額は以下の計算より35千円になります。
- x2年3月期の当期純利益修正額
=50千円-50千円×30%
=35千円
よって、x3年3月期における利益剰余金の会計方針の変更による累積的影響額は35千円、会計方針の変更を反映した当期首残高は635千円になります。
- 会計方針の変更を反映した当期首残高(利益剰余金)
=600千円+35千円
=635千円
前事業年度の当期末残高
x3年3月期の利益剰余金の当期末残高は、会計方針の変更を反映した当期首残高635千円に当期純利益350千円を加えた985千円になります。
- 前事業年度の当期末残高(利益剰余金)
=635千円+350千円
=985千円
したがって、当事業年度(x4年3月期)の利益剰余金の期首残高も985千円になります。
当期の株主資本等変動計算書
以上の修正を行った後の当期の株主資本等変動計算書は以下のようになります。
キャッシュ・フロー計算書
前事業年度の税引前当期純利益
x3年3月期の税引前当期純利益を400千円から500千円に修正します。
前事業年度の棚卸資産の増減額
x3年3月期の商品及び製品の期首残高を150千円、期末残高を650千円に修正しています。したがって、x3年3月期のキャッシュ・フロー計算書の棚卸資産の増減額は、-500千円(棚卸資産の増加はキャッシュ・フローに対してマイナス)になります。
- 前事業年度の棚卸資産の増減額
=150千円-650千円
=-500千円
当期のキャッシュ・フロー計算書
以上の修正を行った後の当期のキャッシュ・フロー計算書は以下のようになります。
会計方針の変更に関する注記
正当な理由により会計方針の変更を行った場合には、以下の内容を注記しなければなりません(会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準第11項)。
- 会計方針の変更の内容
- 会計方針の変更を行った正当な理由
- 表示期間のうち過去の期間について、影響を受ける財務諸表の主な表示科目に対する影響額および1株当たり情報に対する影響額
- 表示されている財務諸表のうち、最も古い期間の期首の純資産の額に反映された、表示期間より前の期間に関する会計方針の変更による遡及適用の累積的影響額
注記例
本事例においては、例えば以下のように会計方針の変更に関する注記をします。
当社における、商品及び製品の評価方法は、従来、主として総平均法によっておりましたが、近年の主要原材料の急激な価格変動の影響を期間損益計算と在庫評価に適正に反映させる(正当な理由の内容)ため、当事業年度から先入先出法に変更しております。当該会計方針の変更は遡及適用され、前事業年度については遡及適用後の財務諸表となっております。
この結果、遡及適用を行う前と比べて、前事業年度の貸借対照表は、商品及び製品、利益剰余金がそれぞれ150千円、195千円増加し、前事業年度の損益計算書は、売上原価が100千円減少し、営業利益、経常利益及び税引前当期純利益がそれぞれ同額増加し、当期純利益が70千円増加しております。
前事業年度のキャッシュ・フロー計算書は、税引前当期純利益が100千円増加し、棚卸資産の増減額が 100千円減少しております。
前事業年度の期首の純資産の帳簿価額に反映された会計方針の変更の累積的影響額により、株主資本等変動計算書の利益剰余金の遡及適用後の期首残高は35千円増加しております。
なお、1株当たり情報に与える影響は、当該箇所に記載しております。
1株当たり情報の注記
遡及適用後の1株当たり純資産額は160円50銭、1株当たり当期純利益は35円00銭、潜在株式調整後1株当たり当期純利益は34円65銭になります。
- 1株当たり純資産額
=1,605千円/10,000株
=160円50銭 - 1株当たり当期純利益
=350千円/10,000株
=35円00銭 - 潜在株式調整後1株当たり当期純利益
=350千円/(10,000株+100株)
=34円65銭
以上の修正を行った後の当期の1株当たり情報の注記は以下のようになります。