確定給付制度における退職給付信託の信託財産が返還された場合の会計処理
退職給付信託の信託財産も、年金資産と同様に、退職給付のために積み立てられた資産であるため、事業主やその債権者から法的に独立していなければなりません。
しかし、年金資産と同じく信託財産も、将来の予測できる一定期間において積立超過の状態が継続し、当該積立超過分について退職給付に使用される見込みがないことを合理的に予測できる場合には、信託財産の返還が行われることがあります。
ただし、信託財産の返還に際しては、委託者である事業主ではなく、受託者の独立した判断に従って決定されなければなりません。
なお、信託財産の返還にあたっては、返還される予定の信託財産及び返還されなかった信託財産とも、以下に示す「退職給付に関する会計基準 第7項」の年金資産としての4つの要件及び「退職給付に関する会計基準の適用指針 第18項」の4つの要件を満たす必要があります。
「退職給付に関する会計基準 第7項」の要件
- 退職給付以外に使用できないこと
- 事業主及び事業主の債権者から法的に分離されていること
- 積立超過分を除き、事業主への返還、事業主からの解約・目的外の払出し等が禁止されていること
- 資産を事業主の資産と交換できないこと
「退職給付に関する会計基準の適用指針 第18項」の要件
- 当該信託が退職給付に充てられるものであることが退職金規定等により確認できること
- 当該信託は信託財産を退職給付に充てることに限定した他益信託であること
- 当該信託は事業主から法的に分離されており、信託財産の事業主への返還及び事業主による受益者に対する詐害的な行為が禁止されていること
- 信託財産の管理・運用・処分については、受託者が信託契約に基づいて行うこと
会計処理の具体例
ここでは、信託財産が返還された場合の会計処理を具体的な数値を用いて解説します。なお、計算の前提は以下の通りです。
- E社は従業員非拠出制の確定給付企業年金制度を採用している。
- 数理計算上の差異は発生年度の翌期から定率法(10年、償却率0.206)で費用処理する。
- 過去勤務費用は発生年度別に10年間にわたり定額法で費用処理する。
- 税効果については、その他の包括利益(退職給付に係る調整額)に関連するものだけを示す。法定実効税率は40%、繰延税金資産の回収可能性は常にあるものとする。
- ワークシート上で用いる記号は次の通りである。
S=勤務費用、I=利息費用、R=期待運用収益
PSC=過去勤務費用の発生額、AGL=数理計算上の差異の発生額
A=過去勤務費用及び数理計算上の差異の費用処理額
P=年金または退職金支払額、C=掛金拠出額
E社のx2年度の確定給付企業年金制度に関する内容は以下の通りです。
- 期首時点(x2年4月1日)の退職給付債務は2,000、年金資産は1,800、信託財産は400、未認識数理計算上の差異は300。
- 当期の勤務費用は100、利息費用は80(割引率は4.0%)であった。
- 当期の年金資産の期待運用収益は90(長期期待運用収益率5.0%)と計算された。
- 当期の信託資産の期待運用収益は14(長期期待運用収益率3.4%)と計算された。
- 当期の年金給付支払額は50、掛金拠出額は90であった。
- x3年3月31日の信託財産返還前において、退職給付債務は1,950と計算され、年金資産の時価は2,000となり、信託財産の時価は420であった。
- 年金資産が退職給付債務を超過し、かつ信託財産が退職給付に使用されないことが合理的に予測されたため、x3年3月31日に積立超過額のうち信託財産420が有価証券で返還された。なお、返還された信託財産は重要と判断されたため、信託財産返還額に対応する数理計算上の差異10(借方差異)が個別に把握され、重要性が乏しくないものと判断された。
E社の確定給付企業年金制度に関するワークシートを期末予測まで作成すると以下のようになります。
- 「退職給付費用」の「S」には、勤務費用100が入ります。
- 「退職給付費用」の「I」には、期首退職給付債務に割引率を乗じた利息費用80が入ります。
利息費用=2,000×4.0% - 「退職給付費用」の年金資産の「R」には、期首年金資産に長期期待運用収益率を乗じた期待運用収益90が入ります。
期待運用収益=1,800×5.0% - 「退職給付費用」の信託財産の「R」には、期首信託財産に長期期待運用収益率を乗じた期待運用収益14が入ります。
期待運用収益=400×3.4% - 「退職給付費用」の数理計算上の差異の費用処理額「A」は、未認識数理計算上の差異の期首残高に償却率0.206を乗じた62となります。
数理計算上の差異の費用処理額=300×0.206=62 - 「年金/掛金支払額」の「P」には、当期の年金給付支払額50が入ります。退職給付債務と年金資産は、年金給付支払額50だけ減少します。
- 「年金/掛金支払額」の「C」には、掛金拠出額90が入ります。
- 退職給付債務の「期末予測」には、期首退職給付債務に「退職給付費用」と「年金/掛金支払額」を加減算した金額2,130が入ります。年金資産の「期末予測」には、期首年金資産に「退職給付費用」と「年金/掛金支払額」を加減算した金額1,930が入ります。信託財産の「期末予測」には、期首信託財産に「退職給付費用」と「年金/掛金支払額」を加減算した金額414が入ります。
「期末予測」から「期末実際」までのワークシートは以下のようになります。
- 退職給付債務の「数理計算上の差異」の「AGL」は、「返還前実際」と「期末予測」との差180となります。
数理計算上の差異=1,950-2,130 - 年金資産の「数理計算上の差異」の「AGL」は、「返還前実際」と「期末予測」との差70となります。
数理計算上の差異=2,000-1,930 - 信託財産の「数理計算上の差異」の「AGL」は、「返還前実際」と「期末予測」との差6となります。
数理計算上の差異=420-414 - 信託財産420が有価証券で返還されたため、信託財産の期末実際は「0」となります。なお、信託財産返還額に対応する数理計算上の差異10(借方差異)が個別に把握され、重要性が乏しくないものと判断されたため、損益処理します。
全仕訳
年金資産の返還に関する全仕訳を示すと以下のようになります。