経営意思決定
意思決定は、広義では経営管理を行うことを意味しますが、狭義には、代替案からの選択を意味します。
原価計算で扱う意思決定は、狭義の意味である代替案からの選択です。この意味における意思決定の過程は、以下の5つの側面からなります。
- 問題の識別と明確化
- 問題解決のための諸代替案の探索と列挙
- 諸代替案の計量化ないし意思決定モデルの決定
- 諸代替案の評価
- 経営者による裁決
この中で、原価計算担当者にとって重要なのは、「3」と「4」であり、原価計算担当者には、意思決定に必要なモデルを作成し評価することが求められます。
意思決定会計の区分
経営意思決定のための原価計算は、意思決定会計に属します。意思決定会計は、債権者、株主、一般投資家といった外部利害関係者の意思決定に関する投資意思決定会計と内部経営管理者のための経営意思決定会計に区分できます。
ここで、経営意思決定を業務的意思決定と戦略的意思決定(構造的意思決定)に区分すると、それぞれの定義は以下のようになります。
- 業務的意思決定
所与の経営能力における業務執行活動に関わる意思決定。 - 戦略的意思決定
企業の基本構造の変革に関わる意思決定。
差額収益原価分析
経営意思決定のための分析では、代替案の選択において変化する収益および原価を検討します。このような意思決定のための変動値についての分析方法を差額収益原価分析(増分分析)といいます。
差額収益原価分析では、増分収益から増分原価を差引いて増分利益を計算します。
- 増分収益-増分原価=増分利益
差額収益原価分析では、複数の代替案の中からある代替案を選択した場合に増加する収益と原価に着目します。
配賦問題と意思決定
製造間接費の配賦をはじめ、配賦された原価情報は差額収益原価分析を曖昧にする傾向があります。
配賦基準の選択において恣意性が介入すること、製造間接費の配賦率の計算が全体の製造間接費の平均値に基づいていることなどが、その理由です。
差額収益原価分析では、原価と配賦基準との間に正確に因果関係が反映されにくいことを認識しておかなければなりません。
特殊原価概念
特殊原価概念は、特殊原価調査において利用される原価概念です。原価計算基準2では、特殊原価調査について以下のように記述されています。
広い意味での原価の計算には、原価計算制度以外に、経営の基本計画および予算編成における選択的事項の決定に必要な特殊の原価たとえば差額原価、機会原価、付加原価等を、随時に統計的、技術的に調査測定することも含まれる。しかしかかる特殊原価調査は、制度としての原価計算の範囲外に属するものとして、この基準には含めない。
特殊原価は、常時継続的に実施される原価計算である原価計算制度では、原則として用いられない原価概念です。特殊原価は、主に経営意思決定で登場します。
基本的な特殊原価概念
基本的な特殊原価概念には、未来原価、差額原価、増分原価があります。
未来原価
未来原価は、代替案を採用したならば発生するであろう将来の原価を意味します。
経営意思決定において、未来原価は、最も基本的な特殊原価概念です。
差額原価
差額原価は、ある代替案を採用することによって発生、変化する原価を意味します。
関連原価とも呼ばれ、意思決定における代替案の評価に利用される最も基本的な特殊原価概念です。
増分原価
増分原価は、作業の態様や活動水準などが変化した場合に発生する原価の増減分を意味します。
増分原価は、今日では差額原価と同義とされています。
その他の特殊原価概念
上記の他にも以下のような特殊原価概念があります。
- 機会原価
- 埋没原価
- 付加原価
- 現金支出原価
- 回避可能原価
- 延期可能原価
- 取替原価
機会原価
機会原価は、諸代替案のうち、一方を受け入れ他を断念した場合に失われる最大の利益を意味します。
機会原価は、支出原価とは対立する概念です。支出原価は、財務諸表作成を主目的とした原価であるのに対して、機会原価は意思決定のための原価です。
埋没原価
埋没原価は、意思決定にとって関係のない原価を意味します。差額原価の計算と関係がないことから、無関連原価とも呼ばれます。
過去において投下された投資額の全部または一部が、ある意思決定の結果、回収不能となるものが埋没原価の典型です。
付加原価
付加原価は、財務会計記録には現れないが、経営価値を測定しうる原価を意味します。
実際の現金支出は伴わないものの、それをある意思決定の差額原価に含めないと、実質的な利益の有利さを評価できない原価であり、企業家賃金、自己資本利子、自己所有の土地賃借料、自社生産の材料の自家消費などが、その例です。
付加原価は、機会原価と同義語として使用されることが多いですが、機会原価よりも限定的に使用される特殊原価概念です。
現金支出原価
現金支出原価は、ある代替案の選択によって現金支出を必要とする原価を意味します。
差額原価はしばしば現金支出原価となり、減価償却費は非現金支出原価となります。
回避可能原価
回避可能原価は、経営目的の達成において必ずしも必要とされない原価を意味します。壁へのペンキ塗りが、その例として挙げられます。
回避可能原価は、その代替案の選択が経営能率に影響を与えることなく回避できる場合の差額原価であり、その本質は差額原価と同じです。
延期可能原価
延期可能原価は、現在の経営能率には影響を及ぼさず、将来に延期できる原価を意味します。
回避可能原価と同じように差額原価ではあるものの、回避可能原価とは異なり、いつかは必ず発生する原価です。
取替原価
取替原価は、現在の市場における原価を意味します。財務会計的には、取得原価ではなく時価で評価された価値のことです。
差額収益原価分析と減価償却費
差額収益原価分析における減価償却費は、これから取得する資産から発生するのか、すでに所有している資産から発生するのかで、取り扱いが異なってきます。
新たに取得する資産から発生する減価償却費は、差額収益原価分析では無視できません。
一方、すでに所有している資産から発生する減価償却費は埋没原価であるので、差額収益原価分析では無視します。
意思決定と不確実性
意思決定は、多数の代替案の中から1つの案を選択する過程です。それは、多くの場合、不確実性下で行われます。
会計学で不確実性というとき、リスク下における不確実性を問題とします。ここで、リスクとは、将来発生するであろう自然の状態が2個以上存在し、意思決定者は過去の経験などから、自然の状態が発生する確率分布を知りうる状態のことをいいます。
不確実性下の意思決定では、それぞれの確率分布に対する期待値を計算し、それによって意思決定の助けとします。
例えば、以下のA案とB案が選択肢として提示されていたとします。
- A案=50%の確率で30,000円の利益を得られる
- B案=40%の確率で40,000円の利益を得られる
この場合、それぞれの選択肢の期待値は、その事象が発生する確率に利益を乗じて計算します。A案とB案の期待値は、以下の通りです。
- A案の期待値=50%×30,000円=15,000円
- B案の期待値=40%×40,000円=16,000円
A案とB案では、B案の方が期待値が大きいので、B案を選択することになります。
このようにリスクとリターンを考慮した利得の期待値を比較し、それが最大になるように選択行動を採ることを期待値による意思決定といいます。