親会社が子会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合の会計処理の具体例
ここでは、親会社が子会社に分割型の会社分割により事業を移転する場合の会計処理について具体例を用いて解説します。
前提条件
- 公開会社の甲社(3月決算会社)は、x1年3月31日に居酒屋事業を営む乙社の株式80株を6,800千円で取得しました。乙社の発行済株式数は100株であり、甲社はその80%を取得したので、乙社は甲社の子会社となります。なお、残りの20株(20%)はX社が保有しています。
- x1年3月31日の乙社の個別貸借対照表は以下の通りです。なお、土地の時価は1,500千円です。
- x2年3月期の乙社の当期純利益は3,000千円でした。
- 甲社は、x2年4月1日にカフェ事業を乙社に移転しました。
カフェ事業の情報は以下の通りです。
諸資産の適正な帳簿価額=3,000千円(株主資本相当額=2,500千円、評価・換算差額等=500千円)
諸資産の時価=3,500千円
カフェ事業の時価=4,500千円 - 乙社は、譲り受けたカフェ事業の対価として新株25株を甲社に交付しました。なお、乙社株式の1株当たりの時価は180千円です。
- 乙社は、増加する払込資本の全額をその他資本剰余金として処理します。
- 甲社は、受け取った乙社株式を取得と同時に甲社株主に配当しました(分割型の会社分割)。
- 甲社は事業移転に伴う資産の減少に対応して、利益剰余金を減少させました。
- 企業結合の前日(x2年3月31日)の甲社の個別貸借対照表は以下の通りです。なお、その他有価証券評価差額金500千円は、カフェ事業資産に含まれる有価証券に係るものです。
- 企業結合の前日(x2年3月31日)の乙社の個別貸借対照表は以下の通りです。
x2年3月31日の乙社の資産の時価は10,500千円(諸資産9,000千円、土地1,500千円)、企業の時価は22,500千円です。 - 企業結合後、甲社の乙社に対する持分比率は64%になっています。
- 甲社の連結財務諸表上、のれんは5年で償却します。
x2年3月期の甲社の連結貸借対照表
甲社は、x1年3月31日に乙社株式80株(持分比率80%)を取得し子会社としました。その後、x2年4月1日に乙社にカフェ事業を譲渡しています。
x1年3月31日の甲社の連結財務諸表上の会計処理
x1年3月31日に甲社は、乙社株式80株を取得しています。持分比率は80%で、乙社株式の取得原価は6,800千円です。
土地の時価評価
x1年3月31日に甲社は乙社の支配を獲得したので、資産を時価評価します。乙社の土地は帳簿価額1,000千円、時価1,500千円なので、差額500千円について評価差額を計上します。したがって、会計処理は以下のようになります。

乙社の資本
連結財務諸表上、投資との相殺消去の対象となる乙社の資本は、資本金5,000千円、利益剰余金2,000千円、評価差額500千円の合計7,500千円です。
- 相殺消去の対象となる乙社の資本
=5,000千円+2,000千円+500千円
=7,500千円
甲社持分と非支配株主持分の計算
甲社の持分比率は80%、X社(非支配株主)の持分比率は20%なので、以下の計算より、甲社持分は6,000千円、非支配株主持分は1,500千円となります。
- 甲社持分
=乙社の資本×甲社の持分比率
=7,500千円×80%
=6,000千円 - 非支配株主持分
=乙社の資本×非支配株主の持分比率
=7,500千円×20%
=1,500千円
のれんの算定
甲社の乙社株式の取得原価は6,800千円、甲社持分は6,000千円なので、甲社の連結財務諸表に計上されるのれんは800千円になります。
- のれん
=甲社の投資額-甲社持分
=6,800千円-6,000千円
=800千円
投資と資本の相殺消去
乙社の資本、甲社と非支配株主の持分、甲社の投資額、のれんの関係を図示すると以下のようになります。

以上より、x1年3月31日の甲社の連結財務諸表作成のための投資と資本の相殺消去の会計処理は以下のようになります。

x2年3月31日の甲社の連結財務諸表上の会計処理
甲社と乙社の個別貸借対照表を単純合算
x2年3月31日の甲社と乙社の個別貸借対照表を単純合算します。単純合算後の貸借対照表は以下の通りです。

開始仕訳
x1年3月31日の連結財務諸表上の会計処理の土地の時価評価と投資と資本の相殺消去の会計処理を開始仕訳として起こします。

乙社の当期純利益を非支配株主持分に按分
x2年3月期の乙社の当期純利益は3,000千円だったので、その20%を非支配株主持分に按分します。
- 非支配株主持分に按分する当期純利益
=当期純利益×非支配株主の持分比率
=3,000千円×20%
=600千円
よって、乙社の当期純利益を非支配株主持分に按分する会計処理は以下のようになります。

のれんの償却
のれん800千円は5年で償却します。
- のれん償却
=800千円/5年
=160千円
よって、のれん償却の会計処理は以下のようになります。

x2年3月期の連結貸借対照表
以上の会計処理を単純合算後の貸借対照表に反映させた甲社の連結貸借対照表は以下の通りです。

x2年4月1日の甲社の個別財務諸表上の会計処理
x2年4月1日に甲社は、乙社にカフェ事業を譲渡し、その対価として乙社株式25株を受け取ると同時に甲社株主に配当しました(分割型の会社分割)。これにより、甲社の持分比率は80%から64%に下がっていますが、当該企業結合は、結合当事企業(または事業)のすべてが、企業結合の前後で同一の株主により最終的に支配されていることから、支配が一時的でなければ共通支配下の取引となります。
- 企業結合後の甲社の持分比率
=(企業結合前の持株数+新たに取得した乙社株式数)/企業結合後の乙社の発行済株式数
=(80株+0株)/(100株+25株)
=0.64→64%

会社分割の会計処理
甲社は、移転事業に係る株主資本相当額に基づき、取得する乙社株式(子会社株式)の取得原価を算定します(企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針第233項(1)および第226項)。
したがって、甲社が乙社に移転したカフェ事業の株主資本相当額2,500千円を乙社株式の取得原価とします。よって、会計処理は以下のようになります。

現物配当の会計処理
甲社は、受け取った乙社株式を株主に配当し、乙社株式の取得原価2,500千円により株主資本を変動させます。変動させる株主資本の内訳は、取締役会等の会社の意思決定機関において定められた額とします(企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針第233項(2))。
本事例では、利益剰余金から株主資本を減少させるので、現物配当の会計処理は以下のようになります。

x2年4月1日の甲社の個別貸借対照表
以上より、甲社のx2年4月1日(分割型の会社分割後)の個別貸借対照表は以下のようになります。

x2年4月1日の乙社の個別財務諸表上の会計処理
乙社は、甲社から受け入れたカフェ事業に係る資産および負債を分割期日の前日に付された適正な帳簿価額3,000千円(株主資本相当額2,500千円、その他有価証券評価差額金500千円)で受け入れます(企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針第234項(1))。
また、カフェ事業に係る評価・換算差額等(その他有価証券評価差額金)500千円を引き継ぐとともにカフェ事業に係る株主資本相当額2,500千円は払込資本として処理します(同適用指針第234項(2)、第227項および第228項)。本事例では、前提条件より払込資本はその他資本剰余金として処理します。
よって、乙社の個別財務諸表上の会計処理は以下のようになります。

以上より、x2年4月1日(分割型の会社分割後)の乙社の個別貸借対照表は以下のようになります。

x2年4月1日の甲社の連結財務諸表上の会計処理
甲社と乙社の個別貸借対照表を単純合算
分割型の会社分割後(x2年4月1日)の甲社と乙社の個別貸借対照表を単純合算します。単純合算後の貸借対照表は以下の通りです。

開始仕訳
x2年3月31日における甲社の連結財務諸表上の会計処理を開始仕訳として起こします。

甲社の持分変動による差額の計上
乙社(子会社)が甲社(親会社)から受け入れた事業の対価として甲社の株主に乙社株式を交付したことにより減少する甲社持分の金額は、連結財務諸表上の帳簿価額により非支配株主持分に振り替えます(企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針第235項)。
分割型の会社分割に対応する持分の減少額
分割型の会社分割直前の連結財務諸表上の乙社の資本は10,500千円であり、甲社持分はその80%の8,400千円、X社(非支配株主)持分は20%の2,100千円です。
- 分割型の会社分割前の甲社持分
=分割型の会社分割直前の乙社資本×分割型の会社分割前の甲社の持分比率
=10,500千円×80%
=8,400千円 - 分割型の会社分割前のX社持分
=分割型の会社分割直前の乙社資本×分割型の会社分割前のX社の持分比率
=10,500千円×20%
=2,100千円

分割型の会社分割後の甲社の持分比率は、分割型の会社分割前の80%から64%に下がっています。また、X社の持分も20%から16%に下がっています。一方、甲社株主は、分割型の会社分割により乙社株式25株の現物配当を受けているので、新たに20%の持分を取得しています。それにより、甲社持分は6,720千円、X社持分は1,680千円、甲社株主持分は2,100千円に変わっています。
- 分割型の会社分割後の甲社持分
=分割型の会社分割直前の乙社資本×分割型の会社分割後の甲社の持分比率
=10,500千円×64%
=6,720千円 - 分割型の会社分割後のX社持分
=分割型の会社分割直前の乙社資本×分割型の会社分割後のX社の持分比率
=10,500千円×16%
=1,680千円 - 分割型の会社分割後の甲社株主持分
=分割型の会社分割直前の乙社資本×分割型の会社分割後の甲社株主の持分比率
=10,500千円×20%
=2,100千円
なお、甲社の連結財務諸表上、X社と甲社株主が非支配株主となります。

したがって、甲社の分割型の会社分割に対応する持分の減少額は、以下の計算より1,680千円になります。
- 甲社の分割型の会社分割に対応する持分の減少額
=分割型の会社分割前の甲社持分-分割型の会社分割後の甲社持分
=8,400千円-6,720千円
=1,680千円
移転したカフェ事業に係る甲社持分の減少額
甲社は、分割型の会社分割前はカフェ事業の100%の持分を保有していましたが、乙社に移転したことにより64%まで持分が減少しています。
- 分割型の会社分割後の甲社のカフェ事業の持分
=カフェ事業の株主資本相当額×分割型の会社分割後の持分比率
=2,500千円×64%
=1,600千円

よって、移転したカフェ事業に係る甲社持分の減少額は以下の計算より900千円になります。
- 移転したカフェ事業に係る甲社持分の減少額
=吸収分割前の持分-吸収分割後の持分
=2,500千円-1,600千円
=900千円
甲社の持分変動による差額の会計処理
甲社の分割型の会社分割に対応する持分の減少額は1,680千円、移転したカフェ事業に係る甲社持分の減少額は900千円なので、両者の合計2,580千円が分割型の会社分割により減少した甲社持分になります。
- 分割型の会社分割により減少した甲社持分
=甲社の分割型の会社分割に対応する持分の減少額+移転したカフェ事業に係る甲社持分の減少額
=1,680千円+900千円
=2,580千円
減少した甲社持分2,580千円について非支配株主持分を増加させます。相手勘定は資本剰余金とします。(事業分離等に関する会計基準第19項(2))。
よって、甲社の持分変動による差額の会計処理は以下のようになります。

内部取引の消去
甲社が乙社に移転したカフェ事業の移転取引および乙社の増資に関する取引は内部取引として消去します。
本事例では、甲社が取得した乙社株式2,500千円はただちに甲社株主に配当され利益剰余金を2,500千円減額しています。したがって、甲社が減額した利益剰余金2,500千円と乙社が計上した資本剰余金(その他資本剰余金)2,500千円を消去します。よって、会計処理は以下のようになります。

分割型の会社分割後の連結貸借対照表
以上より、分割型の会社分割後の甲社の連結貸借対照表は以下のようになります。

分割型の会社分割後(x2年4月1日)の連結貸借対照表に計上されている資本剰余金1,420千円は、分割型の会社分割前(x2年3月31日)の連結貸借対照表に計上されていた資本剰余金4,000千円のうち2,580千円を持分変動による差額として非支配株主持分に振り替えた後の残額です。

なお、以下は、分割型の会社分割前後の甲社と非支配株主(X社と甲社株主)のカフェ事業と居酒屋事業の持分を図示したものです。
