親会社が子会社に会社分割により事業を移転する場合の会計処理の具体例(会社分割の対価が子会社株式のみの場合)
ここでは、親会社が子会社に会社分割により事業を移転する場合の会計処理(会社分割の対価が子会社株式のみの場合)について具体例を用いて解説します。
前提条件
- 公開会社の甲社(3月決算会社)は、x1年3月31日に居酒屋事業を営む乙社の株式60株を5,100千円で取得しました。乙社の発行済株式数は100株であり、甲社はその60%を取得したので、乙社は甲社の子会社となります。なお、残りの40株(40%)はX社が保有しています。
- x1年3月31日の乙社の個別貸借対照表は以下の通りです。なお、土地の時価は1,500千円です。
- x2年3月期の乙社の当期純利益は3,000千円でした。
- 甲社は、x2年4月1日にカフェ事業を乙社に移転しました。
カフェ事業の情報は以下の通りです。
諸資産の適正な帳簿価額=3,000千円(株主資本相当額=2,500千円、評価・換算差額等=500千円)
諸資産の時価=3,500千円
カフェ事業の時価=9,000千円 - 乙社は、譲り受けたカフェ事業の対価として新株60株を甲社に交付しました。なお、乙社株式の1株当たりの時価は150千円です。
- 乙社は、増加する払込資本の全額をその他資本剰余金として処理します。
- 企業結合の前日(x2年3月31日)の甲社の個別貸借対照表は以下の通りです。なお、その他有価証券評価差額金500千円は、カフェ事業資産に含まれる有価証券に係るものです。
- 企業結合の前日(x2年3月31日)の乙社の個別貸借対照表は以下の通りです。
x2年3月31日の乙社の資産の時価は10,500千円(諸資産9,000千円、土地1,500千円)、企業の時価は15,000千円です。 - 企業結合後、甲社の乙社に対する持分比率は75%になっています。
- 甲社の連結財務諸表上、のれんは5年で償却します。
x2年3月期の甲社の連結貸借対照表
甲社は、x1年3月31日に乙社株式60株(持分比率60%)を取得し子会社としました。その後、x2年4月1日に乙社にカフェ事業を譲渡しています。
x1年3月31日の甲社の連結財務諸表上の会計処理
x1年3月31日に甲社は、乙社株式60株を取得しています。持分比率は60%で、乙社株式の取得原価は5,100千円です。
土地の時価評価
x1年3月31日に甲社は乙社の支配を獲得したので、資産を時価評価します。乙社の土地は帳簿価額1,000千円、時価1,500千円なので、差額500千円について評価差額を計上します。したがって、会計処理は以下のようになります。

乙社の資本
連結財務諸表上、投資との相殺消去の対象となる乙社の資本は、資本金5,000千円、利益剰余金2,000千円、評価差額500千円の合計7,500千円です。
- 相殺消去の対象となる乙社の資本
=5,000千円+2,000千円+500千円
=7,500千円
甲社持分と非支配株主持分の計算
甲社の持分比率は60%、X社(非支配株主)の持分比率は40%なので、以下の計算より、甲社持分は4,500千円、非支配株主持分は3,000千円となります。
- 甲社持分
=乙社の資本×甲社の持分比率
=7,500千円×60%
=4,500千円 - 非支配株主持分
=乙社の資本×非支配株主の持分比率
=7,500千円×40%
=3,000千円
のれんの算定
甲社の乙社株式の取得原価は5,100千円、甲社持分は4,500千円なので、甲社の連結財務諸表に計上されるのれんは600千円になります。
- のれん
=甲社の投資額-甲社持分
=5,100千円-4,500千円
=600千円
投資と資本の相殺消去
乙社の資本、甲社と非支配株主の持分、甲社の投資額、のれんの関係を図示すると以下のようになります。

以上より、x1年3月31日の甲社の連結財務諸表作成のための投資と資本の相殺消去の会計処理は以下のようになります。

x2年3月31日の甲社の連結財務諸表上の会計処理
甲社と乙社の個別貸借対照表を単純合算
x2年3月31日の甲社と乙社の個別貸借対照表を単純合算します。単純合算後の貸借対照表は以下の通りです。

開始仕訳
x1年3月31日の連結財務諸表上の会計処理の土地の時価評価と投資と資本の相殺消去の会計処理を開始仕訳として起こします。

乙社の当期純利益を非支配株主持分に按分
x2年3月期の乙社の当期純利益は3,000千円だったので、その40%を非支配株主持分に按分します。
- 非支配株主持分に按分する当期純利益
=当期純利益×非支配株主の持分比率
=3,000千円×40%
=1,200千円
よって、乙社の当期純利益を非支配株主持分に按分する会計処理は以下のようになります。

のれんの償却
のれん600千円は5年で償却します。
- のれん償却
=600千円/5年
=120千円
よって、のれん償却の会計処理は以下のようになります。

x2年3月期の連結貸借対照表
以上の会計処理を単純合算後の貸借対照表に反映させた甲社の連結貸借対照表は以下の通りです。

x2年4月1日の甲社の個別財務諸表上の会計処理
x2年4月1日に甲社は、乙社にカフェ事業を譲渡し、その対価として乙社株式60株を受け取りました。これにより、甲社の持分比率は60%から75%に上がっていますが、当該企業結合は、結合当事企業(または事業)のすべてが、企業結合の前後で同一の株主により最終的に支配されていることから、支配が一時的でなければ共通支配下の取引となります。
- 企業結合後の甲社の持分比率
=(企業結合前の持株数+新たに取得した乙社株式数)/企業結合後の乙社の発行済株式数
=(60株+60株)/(100株+60株)
=0.75→75%

カフェ事業の移転に関する会計処理
甲社は、移転事業に係る株主資本相当額に基づき、取得する乙社株式(子会社株式)の取得原価を算定します(企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針第226項)。
したがって、甲社が乙社に移転したカフェ事業の株主資本相当額2,500千円を乙社株式の取得原価とします。よって、会計処理は以下のようになります。

x2年4月1日の甲社の個別貸借対照表
以上より、甲社のカフェ事業移転後(x2年4月1日)の個別貸借対照表は以下のようになります。

x2年4月1日の乙社の個別財務諸表上の会計処理
乙社は、甲社から受け入れたカフェ事業に係る資産および負債を分割期日の前日に付された適正な帳簿価額3,000千円(株主資本相当額2,500千円、その他有価証券評価差額金500千円)で受け入れます(企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針第227項(1))。
また、カフェ事業に係る評価・換算差額等(その他有価証券評価差額金)500千円を引き継ぐとともにカフェ事業に係る株主資本相当額2,500千円は払込資本として処理します(同適用指針第227項(2))。本事例では、前提条件より払込資本はその他資本剰余金として処理します。
よって、乙社の個別財務諸表上の会計処理は以下のようになります。

以上より、x2年4月1日の乙社の個別貸借対照表は以下のようになります。

x2年4月1日の甲社の連結財務諸表上の会計処理
甲社と乙社の個別貸借対照表を単純合算
吸収分割後(x2年4月1日)の甲社と乙社の個別貸借対照表を単純合算します。単純合算後の貸借対照表は以下の通りです。

開始仕訳
x2年3月31日における甲社の連結財務諸表上の会計処理を開始仕訳として起こします。

甲社の持分変動による差額の計上
追加投資に対応する持分の増加額
吸収分割直前の連結財務諸表上の乙社の資本は10,500千円であり、甲社持分はその60%の6,300千円、X社(非支配株主)持分は40%の4,200千円です。
- 吸収分割前の甲社持分
=吸収分割直前の乙社資本×吸収分割前の甲社の持分比率
=10,500千円×60%
=6,300千円 - 吸収分割前のX社持分
=吸収分割直前の乙社資本×吸収分割前のX社の持分比率
=10,500千円×40%
=4,200千円

吸収分割後の甲社の持分比率は、吸収分割前の60%から75%に上がっています。また、X社の持分は40%から25%に下がっています。それにより、甲社持分は7,875千円、X社持分は2,625千円に変わっています。
- 吸収分割後の甲社持分
=吸収分割直前の乙社資本×吸収分割後の甲社の持分比率
=10,500千円×75%
=7,875千円 - 吸収分割後のX社持分
=吸収分割直前の乙社資本×吸収分割後のX社の持分比率
=10,500千円×25%
=2,625千円

したがって、甲社の追加投資に対応する持分の増加額は、以下の計算より1,575千円になります。
- 甲社の追加投資に対応する持分の増加額
=吸収分割後の甲社持分-吸収分割前の甲社持分
=7,875千円-6,300千円
=1,575千円
移転したカフェ事業に係る甲社持分の減少額
甲社は、吸収分割前はカフェ事業の100%の持分を保有していましたが、乙社に移転したことにより75%まで持分が減少しています。
- 吸収分割後の甲社のカフェ事業の持分
=カフェ事業の株主資本相当額×吸収分割後の持分比率
=2,500千円×75%
=1,875千円

よって、移転したカフェ事業に係る甲社持分の減少額は以下の計算より625千円になります。
- 移転したカフェ事業に係る甲社持分の減少額
=吸収分割前の持分-吸収分割後の持分
=2,500千円-1,875千円
=625千円
甲社の持分変動による差額の会計処理
甲社の追加投資に対応する持分の増加額は1,575千円、移転したカフェ事業に係る甲社持分の減少額は625千円なので、両者の差額950千円が吸収分割により増加した甲社持分になります。
- 吸収分割により増加した甲社持分
=甲社の追加投資に対応する持分の増加額-移転したカフェ事業に係る甲社持分の減少額
=1,575千円-625千円
=950千円
増加した甲社持分950千円は資本剰余金に計上するとともに非支配株主持分を減少させます(企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針第229項(2))。
よって、甲社の持分変動による差額の会計処理は以下のようになります。

内部取引の消去
甲社が乙社に移転したカフェ事業の移転取引および乙社の増資に関する取引は内部取引として消去します(企業結合に関する会計基準第44項および企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針第229項(1))。
本事例では、甲社が取得した乙社株式2,500千円と乙社の資本剰余金(その他資本剰余金)2,500千円を消去します。よって、会計処理は以下のようになります。

吸収分割後の連結貸借対照表
以上より、吸収分割後の甲社の連結貸借対照表は以下のようになります。

吸収分割後(x2年4月1日)の連結貸借対照表に計上されている資本剰余金950千円は、吸収分割前(x2年3月31日)の連結貸借対照表に計上されていた非支配株主持分4,200千円から持分変動による差額として振り替えられたものです。

なお、以下は、吸収分割前後の甲社とX社(非支配株主)のカフェ事業と居酒屋事業の持分を図示したものです。
